【野球】デーブ大久保さんへのインタビューを公開いたしました
- 2020/04/13
- インタビュー
子供の可能性を信じる「勘違い」が成長の芽を育てていく
今回は、元プロ野球選手で東北楽天ゴールデンイーグルスの監督も務め、現在は野球スクール「デーブ・ベースボールアカデミー」の代表を務められている、デーブ大久保さんへのインタビューをご紹介します。
野球選手として必要な考え方やトレーニング、指導者として選手に接する際に心がけていることなど、デーブさんご自身の体験を交えて語っていただきました。
「プロになれたのは母の応援があったから」
――デーブさんは、高校時代から通算52本塁打を記録するなど長距離砲打者として有名でした。プロでも第一線でご活躍されましたが、いつからプロ野球選手を目指していたのでしょうか?
僕は小学1年生の時から「プロ野球選手になりたい」と言っていました。普通の親は「プロになんてなれるわけがない」って言うかもしれません。
でも僕の母親は、周りの人がどんなに「無理だからあきらめろ」と言っても「あの子は絶対にプロになれる!」って言ってくれていました。
うちは母子家庭で、営業をしていた母は朝早く家を出て、夜遅くに帰ってくる生活でした。
母が帰宅するころには、僕と弟は寝ていなければいけなかったのですが、眠れずに母の足音や食器の音なんかを布団の中で聞いていることもありました。
母が部屋に入ってくると寝たふりをするんですけど、よく母は「寂しい思いをさせてごめんな」と言いながら、僕たちの手を握ってくれていたんです。
その時に僕の手のひらがマメだらけであることに気が付いたみたいなんです。
僕は小学校に入学した日に「毎日素振りをする」と決め、小学一年生の入学の日から一日100回の素振りからスタートしました。
高学年になると当然、1000回、1500回と一日の素振りの回数は増えていくわけで、6年間トータルだと一日の素振りの平均は500回を超えていたと思います。
母は実際に練習は見ていなくても、僕の手を触って努力をわかってくれたんでしょうね。
「これだけ練習しているあの子がプロになれなくて、誰がなれるのよ!」と言ってくれていました。
僕も母もいわゆる“勘違い”していたところはあったと思うんです(笑)。
でも子どもにとってはそれが大事なんです。
親や周りの大人が一緒になって勘違いして「きっとプロになれるから頑張って!」と言ってあげることで、その子の成長の芽がどんどん伸びていく。
僕がプロ野球選手になれたのは、何より母のおかげです。
そういう自分の成功体験が「デーブ・ベースボールアカデミー」の大きな柱となっているんです。
「やらされている練習」から「やりたい練習」への転換
――小学生の時から努力を重ねてきたデーブさんが野球をする上で最も大切にしていたのはどんなことでしたか?
何事も諦めないということです。そして一番大事にしていたのは練習でしたね。
試合は練習の成果を見せる場所だと思っていましたし、何より自分は人よりも練習しているという自信だけはありましたから。
それと、僕はどんなにいい成績でも満足しませんでした。
普通、野球って3割打てば良しとされますよね?
プロで打率3割を長く続けられれば、1億円プレーヤーにだってなれます。
でも、僕はたとえ4打数3安打だったとしても、一つでもアウトになれば「あんなに練習したのに、打てなかったんだ」って悔し泣きしていました。
常に全打席打つことを目標にして、小学生の時から練習に取り組んでいました。
――野球がうまくなるためには、どんなことが大切なのでしょうか?
まずは練習することです。
練習には大きく分けて3つの段階があります。
1つ目は「指導者がやらせる練習はパッとやってパッと終わる」。
選手に集中させるように、時間や数を決めて短時間に終わらせます。
2つ目は「自分がやりたい練習はじっくり長くやらせる」。
ピッチャーならブルペンでの投げ込みとか、とにかく選手自身が納得するまでやらせます。
そして一番大事なのが3つ目です。
1つ目の「やらされていた練習」をいかに「やりたい練習にして長くできるか」ということ。
この転換ができた選手は、勝手にうまくなっていきます。
逆に自分がやらされているという意識のままでいると、どんなに長く練習してもなかなか伸びません。
これは、実は指導する側にとってとても大事なことで、練習をいかに選手にとって「やって当たり前」という習慣にできるかなんです。
見た目の身体で判断せずにのびのびと打てる指導を
――デーブさんのように、長距離打者として活躍したいと思う選手は多いと思います。打球の飛距離を伸ばすために必要なことは何でしょうか?
飛距離に必要なのは「長さ」と「重さ」です。
身長も体重も重要ですし、バットも長くて重いものを使ってヘッドスピードを上げることができれば、ボールは遠くへ飛ぶようになります。
そのためには身体づくりが基盤になるわけですが、僕は子どもの頃から白いご飯が大好きで海苔の佃煮だけで3膳も4膳もおかわりしていました。だから勝手に体重は苦労することなく増えて(笑)。
身長はプロ野球選手としては決して大きくはありませんでしたが、重みでカバーすることができていました。
日本の野球指導では、昔から身体の大きい子どもには打球を遠くへ飛ばすことを求める一方で、体つきが細かったり、体格の小さい子どもには、その子がいくら遠くへ飛ばすことができてもヒットやライナーを打つことを良しとしてしまう傾向があります。
でもそうすると、その選手の能力を退化させてしまうことになるんです。
指導者は選手を見た目の身体つきで判断して指導しようとしますが、特に小学生の時期はいつ身体が成長して大きくなるかわかりません。短期間で急に身長が15センチも20センチも伸びることだってある。
そうなった時に、ボールを飛ばさないことだけを教わっていたら、いくら出力がある体でも飛距離は伸びません。
僕自身は、子どもの時から人より身体が大きくて、周りからも「大きいのを打て」と言われていたので、のびのびと大きく打つことができました。
でも、もし僕の体が小さくて、足が速かったりしたら、どんなに大きな打球を飛ばせたとしても「とにかくボールを転がして、塁に出ろ!」と言われていたと思います。
そういう指導を受けていたら、僕はプロ野球選手にはなれなかったと思います。
――デーブさんは、指導者として子どもたちのどういうところに着目して、才能を見極めているのでしょうか?
まずは、人の真似がうまい選手ですね。
「こういうふうにやってごらん」と言った時に、すぐに真似ができる子どもには高い素質を感じます。
ただ、指導者に必要なのは子どもたちを長い目で見てあげることだと思います。
最初からいきなりホームランを打ったり、時速140キロのボールを投げられるわけではなくて、長い時間をかけて徐々にうまくなっていくわけですからね。身近で見続けている子どもほど、成長していることに気づかなかったりするんです。
ですから、たとえすぐに真似することができない子どもでも、その子にあった指導をしてあげることが大切。どの子どもも、伸びる可能性は無限大です。
アカデミーでもよく保護者の方に言うんですけども、なかなか自分の子が上達しなくて心配する親御さんには「大丈夫です。目に見えないだけで、少しずつうまくなってきていますから」と説明してあげるようにしています。
――現役時代は、身体のどこを重点的に鍛えられていましたか?
まずは、ウエイトトレーニングで筋肉の量を増やすようにしていました。
特に、僕は身長180センチとプロのホームランバッターとしては大きい方ではなかったので、筋肉の量がないとボールが飛ばなかったんです。
朝は必ず1時間ウォーキングなどを行って体に酸素をたくさん入れて、そのまま3時間ほどみっちりとウエイトトレーニングをしていました。
ホームランバッターとして一番重要視していたのは背筋でしたね。
結局、背筋でボールを跳ね上げる力があれば、バットのヘッドスピードも上がって飛距離が伸びると考えていたので、試合前にはメディシンボールという大きくて重いボールを投げて背筋を鍛えていました。
当時は身長190センチくらいあった松井秀喜よりもこのボールを遠くへ投げられていたくらい背筋の強さが自慢でした。
―現役時代に、試合前のルーティンとして必ず何かしていたことはありましたか?
当時、メンタルトレーニングが導入されはじめた時代で、球団にも専属のメンタルコーチがつくようになっていました。
僕はどの試合前にも行うルーティンがあって、本来は右利きなんですけど、すべての動作を左からするようにしていました。
ソックスやスパイクを履くのも、玄関を出るのも、すべて左足から。日本シリーズの初戦など大事な試合でも「ちゃんといつも通りのルーティンができたから冷静でいられているな」というふうに、気持ちを落ち着かせることができたんです。
自律神経のバランスを考えた声がけも大切
――選手にはどうしてもスランプや不調に陥る時期があると思います。デーブさんはそういった時に、選手に対してどのような指導やアドバイスを心がけられていましたか?
スランプに陥った選手自身は、不安になりますよね。そういう時に指導者が「三振しても大丈夫だから、思い切り行け!」という声がけをしてあげることが大切です。
それと、指導者にはある意味「作戦」も必要。
例えば、直接褒めるだけではなくて、他のコーチから「監督が褒めていたぞ」って言ってもらったりすると、子どもたちはすごく嬉しいと思うんですね。逆に叱る時は、人前では叱らないことです。
わざとみんなの前で叱って、気持ちを引き締めることもあります。
楽天の監督時代、一番ベテランの松井稼頭央(現・埼玉西武ライオンズ二軍監督)を試合中に呼んで「試合後にみんなの前で怒鳴り飛ばすから、謝ってくれ」と頼んだんですね。
稼頭央も応じてくれて実際にやったら、選手たちが「負けて落ち込んでいる場合じゃない。稼頭央さんが怒られているんだから、しっかりやらなくちゃ」と思ってくれて、チームの士気が高まったことがあります。
それと選手に言いたいのは、指導者の信頼というのは「結果」ではなく「経過」で得られているということ。
たとえ結果が悪くても、それまでに一生懸命練習して努力してきた姿を見ることで、指導者は選手たちを信頼するんです。
また、スランプから選手を救うには、指導者が医学的な見地から声がけをしてあげることも大切です。
楽天の監督時代に、順天堂大学の小林弘幸教授にお願いをして、選手70人の血液の流れを調べたことがあるんです。血流を司る自律神経系の「交感神経」と「副交感神経」とのバランスを分析するものでした。
小林先生によると、副交感神経の方が優位になっている選手は自然にリラックスできる「天才型」。
その他のふつうの選手は交感神経優位で、緊張や興奮をしやすい状態でした。
その場合はリラックスできるようにして血流のバランスを整えてあげないと、選手は簡単にスランプに陥るんです。
「子どもは褒めて育てなさい」と言いますが、褒めることで子どもがリラックスして血流が良くなり、パフォーマンスが上がるからなんです。
楽天の監督就任時、プロ2年目だった松井裕樹を先発から抑えに転向させたのも、彼が副交感神経優位のピッチャーだったことが理由の一つです。
「ここを抑えてくれよ!」という場面でもリラックスできる松井は、クローザーにきっと適しているはずだ、と小林先生から医学的なアドバイスをいただいたんです。
もちろん、関係者は100人中100人というほど、大反対。でも結果的に、松井は抑えで活躍することができました。
「DR.SENOBIRU」は子どもの可能性を広げてくれる心強いサプリメント
――デーブさんは「DR.SENOBIRU(ドクターセノビル)」を飲用されたことはありますか?
何度も飲んでいますよ!僕、いいなって思うのは、今のサプリメントって子どもたちにとってもすごく飲みやすい味になっていること。
ドクターセノビルもグレープフルーツ味、パイン味と、ジュースみたいに美味しく飲めますよね。
一番大切なのは、きちんとした食生活で。この基盤があってこそのものだと思っています。ただ、なかなか毎日の食事だけで必要な量の栄養を十分に摂ることはできません。
だからこそドクターセノビルのようにアルギニンを効率よく摂れるサプリメントは、非常に良いと思っています。
やっぱり身長が低くてコンプレックスに感じている子どもも少なくないと思うんですね。
セノビルは、そういう子どもたちにとってのサポートとして心強いでしょうし、可能性を広げてくれる画期的な商品だと思います。
~プロフィール~
大久保博元(おおくぼ・ひろもと)
1967年茨城県生まれ。水戸商業高校卒業後、1985年にドラフト1位で西武に入団。92年に巨人に移籍し、正捕手に抜擢されて活躍。94年には日本一に貢献。95年限りで現役を引退した。2008年に西武ライオンズの打撃コーチに就任。13年には東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍監督となり、15年には一軍監督を務める。現在は自身が設立した野球スクール「デーブ・ベースボールアカデミー」で子どもたちを指導。そのほか解説や講演など、幅広く活躍を行っている。
【関連リンク】
デーブ・ベースボールアカデミー | 野球教室(東京・横浜)